2007年09月26日

ニューシネマの誕生とその特徴についての考察

1940年代までの黄金時代のハリウッド映画は、「観客に夢と希望を与える」ことに主眼が置かれ、英雄の一大叙事詩や、夢のような恋物語が主流でありハッピー・エンドが多くを占めていた。

1950年代以降、スタジオ・システムの崩壊やテレビの影響などによりハリウッドは制作本数も産業としての規模も凋落の一途を辿り、また「赤狩り」が残した爪痕などにより黄金時代には考えられなかった暗いムードをもった作品も少なからず現れたものの、基調としては1960年代後半まではかつてのハリウッドのイメージを踏襲していたと言えよう。

一方、ヨーロッパにおいては1950年代末期からヌーヴェルヴァーグを起点とする新しい映画の流れが勃興しつつあった。

ニュー・ジャーマン・シネマ、チェコ・ヌーヴェルヴァーグなどがその代表であり、いずれも若い監督による新しい感覚や手法を特徴とするものであり、実存主義を始めとする当時の哲学潮流がその背景の一つにあると言われることもある。

しかし、凋落したとは言っても世界一の映画大国であったアメリカにはこの流れが同時かつ直接に及ぶことはなく、ヨーロッパからの移民であったジョナス・メカスらが興した東海岸のニュー・アメリカン・シネマがヌーヴェルヴァーグと同質的な運動を小規模に繰り広げたに過ぎなかった。

それは、アメリカ、少なくとも西海岸のハリウッドにおいては映画とは第一義的には娯楽作品であったことや、国民が明るく良心的なアメリカを信頼しているという心情が依然生き続けていたことによると思われる。

しかし、ヴェトナム戦争への軍事的介入を目の当たりにすることで、国民の自国への信頼感は音を立てて崩れた。以来、懐疑的になった国民は、アメリカの内包していた暗い矛盾点(若者の無気力化・無軌道化、人種差別、ドラッグ、エスカレートしていく暴力性など)にも目を向けることになる。そして、それを招いた元凶は、政治の腐敗というところに帰結し、アメリカの各地で糾弾運動が巻き起こった。アメリカン・ニューシネマはこのような当時のアメリカの世相を投影するかのように投影していたと言われる。

ニューシネマと言われる作品は、反体制的な人物(若者であることが多い)が体制に敢然と闘いを挑む、もしくは刹那的な出来事に情熱を傾けるなどするのだが、最後には体制側に圧殺されるか、あるいは個人の無力さを思い知らされ、幕を閉じるものが多い。つまりアンチ・ヒーロー、アンチ・ハッピーエンドが一連の作品の特徴と言えるのだが、それは上記のような鬱屈した世相を反映していると同時に、映画だけでなく小説や演劇の世界でも流行しつつあったサルトルが提唱した実存主義を理論的な背景とする「不条理」が根底にあるとも言われる。

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